調査対象の書き方2026|母集団・抽出枠・包含除外基準の例文

調査対象の書き方でつまずくのは、「対象はA大学の学生200名とした」の一文で済ませてしまうときである。方法章が求めているのは人数ではなく、「誰について述べようとしているのか(母集団)」「実際に名簿として手元にあるのは誰か(抽出枠)」「そこから誰を選び、誰を外したのか(包含・除外基準)」の三層をそれぞれ言葉にすることである。

要点:調査対象の記述は「母集団 → 抽出枠 → 調査対象者」の三層で書く。母集団は結論を一般化したい範囲、抽出枠は実際に接触できた名簿、調査対象者は最終的に分析に含めた人。三層のずれ(カバレッジ誤差)こそが研究の限界の出どころであり、そこを書けるかで方法章の質が決まる。

母集団・抽出枠・調査対象者の三層

三つの層は、外側から内側へと順に狭くなる。用語が混ざったまま書かれている卒論が非常に多いので、まず定義を固定する。

三層の定義と例
層 定義 例(大学生の学習行動研究)
母集団 結論を当てはめたい対象の全体 日本の4年制大学に在籍する学部1年次生
抽出枠(サンプリングフレーム) 実際に名簿・リストとして存在し、接触できる範囲 A大学文系学部の当該科目の受講登録者名簿
調査対象者 依頼し、回答を得て、分析に含めた人 回答が得られ、欠損のなかった182名

母集団と抽出枠が一致する研究はほとんどない。一致しないこと自体は欠陥ではなく、一致していないことを書かないのが欠陥である。抽出の技法そのもの(無作為抽出・層化抽出・目的抽出など)と標本サイズの決め方は、サンプリング方法と標本サイズの決め方で扱われている。本記事はその前段、すなわち「誰を対象とするのか」をどう言葉にするかを扱う。

母集団の定義の書き方

母集団は、次の4要素で限定する。4要素すべてを書くと一文が長くなるが、削るとどこまで一般化できるかが読めなくなる。

母集団を限定する4要素
要素 問い 例
属性 どういう人(もの)か 学部1年次生/回復期病棟の看護師/親族内承継を経験した中小企業
地理 どこの 日本国内/D市内/特定の大学
時間 いつ時点の 2026年度前期に在籍する
状態 どういう条件を満たす 当該科目を受講している/実務経験3年以上

母集団を書くときによくある失敗は、実際に調べた範囲をそのまま母集団にしてしまうことである。「母集団はA大学の学生である」と書くなら、結論もA大学の学生についてしか言えない。逆に、日本の大学生全体を母集団としながらA大学だけで調査したなら、そのずれを限界として明記する必要がある。どちらを選ぶにせよ、母集団の宣言と結論の射程は一致していなければならない。

抽出枠をどう書くか

抽出枠は、母集団に到達するために実際に使った「名簿」のことである。学部生の研究では次のようなものが抽出枠になる。

  • 授業の受講登録者名簿
  • 所属機関が保有する職員名簿(許可を得て使用)
  • 対象地区の住宅地図・集合住宅の戸数
  • 公開されている事業所一覧・施設一覧
  • 募集に応じて登録した参加者のリスト

抽出枠については、①何を枠として用いたか、②その枠が母集団のどの部分を覆っていないか、③枠の作成時点、の三つを書く。三番目は見落とされやすいが、名簿が古いと転出者や退職者が含まれ、実際の接触可能性が下がる。

募集に応じた人のリストを枠とする場合は、厳密には枠が存在しない(非確率抽出の)設計になる。その場合は「抽出枠は設定せず、募集に応じた者を対象とした」と正直に書き、選択バイアスの可能性を限界の節で述べる。枠がないことを隠して無作為抽出のように書くのが最も避けるべき記述である。

包含基準と除外基準

調査対象に含める条件と除く条件を二列に書き分けているノート
包含基準と除外基準は別物。前者は「満たすべき条件」、後者は「満たしていても外す条件」。

この二つは対になる概念だが、同じものの裏返しではない。包含基準は「母集団の一員であるために満たすべき条件」、除外基準は「包含基準を満たしていてもなお対象から外す条件」である。

包含基準と除外基準の書き分け
種別 役割 例
包含基準 対象の定義そのもの 当該科目を受講している/実務経験が3年以上ある/承継から3年以上経過している
除外基準 定義は満たすが分析に不都合 予備調査に参加した者/回答の欠損が一定以上/研究者と直接の利害関係がある者

除外基準は、データを見る前に決めておくのが原則である。結果を見てから「この回答者は外す」と決めると、都合のよい方向に結論を動かせてしまう。やむを得ず事後に除外した場合は、その人数と理由を必ず明記する。

欠損値の扱いも除外基準の一部として先に決めておく。「全項目に回答した者のみを分析対象とした」のか、「主要変数に欠損がない者を対象とした」のかで、最終的な人数が変わる。方法章にはこの判断を書き、結果章には最終人数を書く。

質的研究での「調査対象」の書き方

質的研究では母集団への一般化を目指さないため、三層の書き方が変わる。求められるのは代表性ではなく、「なぜこの人たちなのか」の説明である。

量的研究と質的研究での記述の違い
項目 量的研究 質的研究
対象の根拠 母集団の代表性 研究の問いに関する情報の豊富さ
人数の根拠 必要標本数の算出 新しいカテゴリーが現れなくなった時点(飽和)
選定の記述 抽出方法の名称と手続き どういう条件の人を、どのような経路で紹介されたか
属性の提示 集計表(平均・比率) 個別の属性一覧(匿名化した上で)

質的研究では、対象者の属性を一覧表にして示すことが多い。年齢は幅で示す、所属は具体名を伏せるなど、個人が特定されない粒度に落とすことが必要である。匿名化の実務はインフォームドコンセントの書き方とあわせて確認してほしい。

分野別の例文8本

例文1:教育学(質問紙・学内)

本研究の母集団は、日本の4年制大学において初年次向けの導入教育科目を受講している学部1年次生である。抽出枠としては、A大学文系学部において2026年度前期に当該科目を受講登録した学生の名簿(2026年4月時点)を用いた。包含基準は、当該科目を受講登録していること、および調査時点で在籍していることとした。除外基準は、予備調査に参加した学生、および主要変数に欠損がある回答とした。最終的な分析対象は182名である。

例文2:看護学(インタビュー)

本研究の対象は、回復期リハビリテーション病棟において退院支援に従事する看護師である。B病院の当該病棟に所属する看護師のうち、退院支援の実務経験が3年以上ある者を包含基準とし、病棟師長を通じて研究の趣旨を伝えたうえで、協力の意思を示した者を対象とした。研究者と直接の指導関係にある者は除外した。最終的に8名の協力を得た。人数は、新たなカテゴリーが生成されなくなったことを確認した時点で確定した。母集団への統計的な一般化は意図していない。

例文3:心理学(オンライン募集)

本研究の母集団は、日本の大学に在籍する学部生である。オンラインでの募集に応じた者を対象としたため、名簿としての抽出枠は設定していない。包含基準は、調査時点で学部に在籍していること、および18歳以上であることとした。除外基準は、回答所要時間が著しく短い回答(想定所要時間の3分の1未満)、および同一端末からの重複回答とした。これらを除いた214名を分析対象とした。募集に応じた者を対象としているため、調査への関心が高い層に偏っている可能性がある。

例文4:経営学(事例研究)

本研究の対象は、親族内承継を経験した中小企業である。対象企業の選定にあたっては、承継から3年以上が経過していること、承継前後の取引関係を資料および聞き取りで遡って確認できること、研究への協力と公表の承諾が得られることの三つを包含基準とした。業績の変動要因が承継以外に明らかに存在する企業(大規模な事業再編を同時期に実施した企業)は除外した。結果として1社を対象とし、前経営者と現経営者の2名から聞き取りを行った。

例文5:社会学(郵送調査)

本研究の母集団は、D市内の賃貸集合住宅に単身で居住する20代から30代の就業者である。抽出枠には、市が公開している住宅地図から特定した対象地区内の賃貸集合住宅の戸室一覧(2026年1月時点)を用いた。この枠は、単身か否かおよび年齢を事前に判別できないため、調査票冒頭の設問により該当者を確認する方式をとった。包含基準は単身居住・20代または30代・就業中であること、除外基準は調査時点で転出予定が確定している者とした。有効回答は167件であった。

例文6:工学(実験)

本研究の対象は、実験室に設置した回転機械1台である。人を対象とする研究ではないため母集団という概念は用いないが、得られた知見の適用範囲を明確にするため、対象機の型式、回転数の範囲、軸受の種類、および測定条件を記述する。包含する測定データは、定常回転に達してから30秒以上経過した区間のものとし、起動時および停止時の過渡区間は除外した。電源由来のノイズが混入した測定回は解析から除外し、その回数を結果に併記した。

例文7:法学(裁判例)

本稿が対象とする裁判例は、民事訴訟において私人が作成した電子的記録の成立の真正または証明力が争われたものである。判例情報データベースにおいて、検索語、対象期間、および裁判所の審級を限定して検索を行い、該当した裁判例を抽出した。包含基準は、判決文中に当該記録の証拠としての評価に関する判断が示されていることとした。上訴審で同一事件が複数収録されている場合は最終審のもののみを対象とし、評釈のみで判決文が確認できないものは除外した。

例文8:経済学(二次データ)

本研究が用いるデータは、個人を複数年にわたり追跡した公開のパネル調査である。母集団は当該調査の設計上の母集団に準じ、日本国内の一般世帯に属する個人である。分析対象は、調査時点で就業していた者に限定した(包含基準)。学生、および非労働力人口として分類された者は除外した。また、主要変数に欠損がある観測、および3時点未満しか観測されていない個人は分析から除外した。除外の結果として生じた標本の偏りについては、除外前後の属性分布を比較して確認し、その結果を併せて示す。

穴埋めテンプレート

調査対象 穴埋めテンプレート
層 ひな型
母集団 本研究の母集団は、[地理]において[時点]に[属性]であり、かつ[状態の条件]を満たす者である。
抽出枠 抽出枠には、[名簿・リストの名称]([作成時点])を用いた。この枠は[覆えていない範囲]を含まない。
抽出方法 この枠から[抽出方法]により[人数]を選定し、[依頼の経路]により協力を依頼した。
包含基準 包含基準は、[条件1]、[条件2]とした。
除外基準 除外基準は、[条件1]、[条件2]とした。除外は[データ取得前/取得後]に判断した。
最終人数 依頼[数]に対し回答[数](回収率[値]%)、除外[数]を経て、分析対象は[数]である。

この6行を順に埋めれば、方法章の調査対象の節は完成する。回収率まで書いておくと、後から読み返したときに標本の偏りを自分で評価できる。

三層のずれを限界として書く

母集団と抽出枠、抽出枠と最終回答者の間には必ずずれが生じる。このずれを書くことは弱点の告白ではなく、結論が及ぶ範囲の宣言である。

ずれの種類と限界の書き方
ずれ 何が起きているか 限界としての書き方
母集団 ≠ 抽出枠 名簿が母集団の一部しか覆っていない 「本研究の知見は、〜の名簿に含まれる範囲に限定される」
抽出枠 ≠ 依頼先 枠の一部にしか接触していない 「〜の条件で接触したため、〜の層は含まれていない」
依頼先 ≠ 回答者 回答しなかった人がいる(無回答バイアス) 「回収率が〜%であり、関心の高い層に偏っている可能性がある」
回答者 ≠ 分析対象 除外により人数が減っている 「除外前後で〜の分布に差がみられた/みられなかった」

限界そのものの書き方の型は卒論の「研究の限界」の書き方に、この節を含む方法章全体の構成は研究方法(方法章)の書き方にまとめてある。対象の定義が固まらないまま調査を始めると、後から取り返しがつかないため、問題設定と研究目的の書き方の段階で範囲の限定まで決めておきたい。

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よくある質問

母集団と調査対象者は何が違うのですか?

母集団は結論を当てはめたい対象の全体、調査対象者は実際に回答を得て分析に含めた人です。たとえば母集団が「日本の学部1年次生」でも、調査対象者は「A大学の182名」になります。この二つを同じものとして書くと、結論をどこまで一般化できるのかが読み取れなくなります。

抽出枠がない調査でも方法章に書く必要がありますか?

書く必要があります。「抽出枠は設定せず、募集に応じた者を対象とした」と明記してください。枠がないこと自体は非確率抽出の設計として成立しますが、それを書かずに無作為抽出のように読ませるのは不適切です。選択バイアスの可能性は限界の節で述べます。

除外基準は必ず書かないといけませんか?

除外を一件も行っていない場合は「除外基準は設けなかった」と書けば足ります。一件でも除外したのであれば、基準・人数・判断の時点を必ず書いてください。人数が合わない方法章は、口頭試問で最初に指摘されます。

質的研究でも母集団を書くべきですか?

統計的な一般化を目指さないため、母集団という語を使わない書き方が一般的です。代わりに「どういう条件を満たす人を、なぜ、どのような経路で選んだか」を書きます。人数の根拠も必要標本数ではなく、新たなカテゴリーが現れなくなった時点として説明します。

回収率が低い場合、対象の記述を変えるべきですか?

記述を変えるのではなく、回収率を明記したうえで限界として扱います。可能であれば、回答者と非回答者の属性を比較できる範囲で比較し、その結果を示してください。比較できない場合は、比較できないこと自体を書きます。

自分の所属する組織を対象にしてもよいですか?

可能ですが、二つの手当てが必要です。第一に、研究者と対象者の間に指導関係や評価関係がある場合、その人を除外基準に入れるか、参加が任意であることをより慎重に担保します。第二に、対象が一組織に限られることを母集団の定義に反映させ、一般化の範囲を限定して書きます。

まとめ

調査対象の記述は、母集団・抽出枠・調査対象者の三層を分けて書く。母集団は属性・地理・時間・状態の4要素で限定し、抽出枠は用いた名簿とその作成時点、覆えていない範囲まで書く。包含基準と除外基準は別物で、除外はデータを見る前に決める。そして三層のずれは隠さず、結論が及ぶ範囲の宣言として限界の節に書く。人数だけを書いた方法章と比べ、この書き方は口頭試問での質問の大半を先回りして封じることができる。

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