仮説の立て方とは、研究の問いを「変数A」「変数B」「両者の関係の向き」の三つが揃った、データで確かめられる文に変える作業のことである。この三つのどれかが欠けている文は、どれほどもっともらしく見えても仮説にはならず、検証もできない。
要点:仮説は「〜ほど、〜が〜だろう」の形に収まるかで判定できる。統計的検定を行う場合は、対立仮説(自分の主張)と帰無仮説(差や関連がないという状態)を対で書く。すべての研究に仮説が必要なわけではなく、記述を目的とする研究や探索的な質的研究では仮説を立てないほうが正しい。
仮説とは何か——問いとの関係
研究の問いは疑問文、仮説はその問いに対する暫定的な答えを平叙文にしたものである。「SNSの利用時間は学業成績と関連するか」が問いなら、「SNSの利用時間が長いほど、学業成績は低いだろう」が仮説にあたる。
重要なのは、仮説が根拠のない当てずっぽうではないという点である。仮説は先行研究や理論から導かれる。だからこそ、仮説を立てるには先に文献レビューが要る。「何となくそう思う」で立てた仮説は、支持されても支持されなくても考察が書けない。
| 種別 | 形式 | 例 |
|---|---|---|
| リサーチクエスチョン | 疑問文 | 就寝前の端末利用は、翌朝の眠気と関連するか |
| 仮説 | 平叙文・方向あり | 就寝前の端末利用時間が長いほど、翌朝の眠気は強いだろう |
| 研究目的 | 平叙文・行為 | 就寝前の端末利用時間と翌朝の眠気の関連を検討する |
問いの絞り込みそのものはリサーチクエスチョンの立て方で扱っている。問いが定まっていない段階で仮説を書こうとすると必ず行き詰まるので、順序を守りたい。
仮説が必要な研究・不要な研究
卒論指導で「仮説は?」と聞かれて困る学生の多くは、そもそも仮説を立てるべきでない設計の研究をしている。
| 研究の型 | 仮説 | 理由 |
|---|---|---|
| 関連探索型(量的) | 必要 | 変数間の関係を検定するため |
| 効果検証型(実験・介入) | 必要 | 介入の効果の有無と方向を検定するため |
| 記述型(量的) | 不要 | 実態を記述するのが目的で、比較対象がない |
| 探索的な質的研究 | 不要 | 先に答えを決めると、データから立ち上がる知見を見落とす |
| 文献研究・判例研究 | 不要 | 検証対象が資料の解釈であり、統計的検定を行わない |
質的研究で「仮説を立てなさい」と言われた場合は、仮説ではなく「着目する概念」や「想定される論点」を示す形で応じるのが実務的である。自分の研究がどの型かは研究方法の選び方で確認できる。
良い仮説の5条件
| 条件 | 意味 | 満たしていない例 |
|---|---|---|
| 1. 検証可能 | データで確かめられる | 「若者は本来もっと読書すべきである」(価値判断) |
| 2. 反証可能 | 間違いだと分かる結果がありうる | 「何らかの影響があるだろう」(どんな結果でも当たる) |
| 3. 方向が明示 | 増えるのか減るのかが書いてある | 「AはBと関係があるだろう」(向きがない) |
| 4. 変数が一組 | 一文に変数二つまで | 「AとBはCとDに影響するだろう」(分割すべき) |
| 5. 根拠がある | 先行研究または理論から導ける | 直感だけで立てたもの |
条件3の方向性は、先行研究の結論が割れている場合には例外的に外せる。その場合は「関連がみられるだろう」という無方向の仮説にしたうえで、なぜ方向を予測しないのかを一文添える。何も書かずに無方向にすると、単に考えていないと受け取られる。
帰無仮説と対立仮説の書き分け

統計的検定は、自分の主張(対立仮説)を直接確かめるのではなく、「差や関連がない」という状態(帰無仮説)が成り立つとしたときに、手元のデータがどれだけ起こりにくいかを計算する。したがって二つは必ず対で存在する。
| 研究上の主張 | 対立仮説(H1) | 帰無仮説(H0) |
|---|---|---|
| 2群の平均に差がある | 受講群と非受講群の得点の母平均は等しくない | 受講群と非受講群の得点の母平均は等しい |
| 正の相関がある | 利用時間と眠気得点の母相関係数は0より大きい | 利用時間と眠気得点の母相関係数は0である |
| 比率に差がある | 学年による参加率の母比率は等しくない | 学年による参加率の母比率は等しい |
論文の本文には、通常は対立仮説だけを「仮説1:〜」の形で書く。帰無仮説を明示するのは、方法章の分析の節で検定の設計を説明するときに限られる。検定の実際の手順は分散分析(ANOVA)のやり方などの個別記事にあたってほしい。
分野別の仮説例20選
以下はすべて、変数二つと関係の向きが明示された形になっている。カッコ内は想定される検定である。
教育学
- 導入教育科目を受講した学生は、受講していない学生よりも半年後の学習時間が長いだろう(2群の平均の差)
- 授業内で他者に説明する機会が多い学生ほど、単元末テストの得点が高いだろう(相関)
- 探究科目の指導経験年数が長い教員ほど、評価規準を自作する割合が高いだろう(比率の差)
- 部活動の地域移行が実施された学校の教員は、未実施校の教員より業務時間の自己報告が短いだろう(2群の平均の差)
心理学
- 就寝直前1時間の端末利用時間が長いほど、翌朝の主観的眠気得点が高いだろう(相関)
- 能動的な利用(投稿・返信)より受動的な閲覧のほうが、上方比較の頻度が高いだろう(2群の平均の差)
- 特性不安が高い者ほど、初対面場面で他者から離れた座席を選ぶ割合が高いだろう(比率の差)
- 背景色が暖色の条件では、寒色の条件よりも単語再生数が少ないだろう(2群の平均の差)
看護・医療
- 手指衛生の掲示物を設置した期間は、設置前の期間より遵守行動の観察頻度が高いだろう(前後比較)
- 退院支援の研修を受けた看護師は、未受講の看護師より困難感得点が低いだろう(2群の平均の差)
- 説明文書の平易化を行った群は、従来文書の群より理解度の自己評価が高いだろう(2群の平均の差)
- 臨床経験年数が長いほど、実習指導における指導内容の具体性評価が高いだろう(相関)
経営・経済
- 上司との面談頻度が高い従業員ほど、離職意思の得点が低いだろう(相関)
- 企業規模が大きいほど、採用ページにおける育成制度の記述量が多いだろう(相関)
- 最低賃金の引上げ幅が大きい都道府県ほど、短時間労働者数の伸びが小さいだろう(相関)
- 返礼品に地場産品の比率が高い自治体ほど、寄附受入額が大きいだろう(相関)
社会学・工学
- 居住期間が長いほど、地域活動への参加経験がある割合が高いだろう(比率の差)
- 防災訓練への参加経験がある住民は、未参加の住民より近隣支援意思の得点が高いだろう(2群の平均の差)
- 正常データのみで学習した検出器は、異常データを含めて学習した検出器より検出率が低いだろう(2条件の比較)
- 受信機の設置密度が高いほど、屋内測位の誤差が小さいだろう(相関)
仮説の書き方テンプレート
| 型 | テンプレート |
|---|---|
| 相関(連続×連続) | [変数A]が[高い/長い/多い]ほど、[変数B]は[高い/低い]だろう。 |
| 群間差(カテゴリ×連続) | [群1]は[群2]よりも、[変数B]が[高い/低い]だろう。 |
| 比率の差(カテゴリ×カテゴリ) | [群1]は[群2]よりも、[該当する状態]である割合が[高い/低い]だろう。 |
| 前後比較(介入) | [介入]の実施後は、実施前よりも[変数B]が[増加/減少]するだろう。 |
| 調整効果 | [変数A]と[変数B]の関連は、[変数C]が[高い群]でより[強い/弱い]だろう。 |
複数の仮説を立てる場合は「仮説1」「仮説2」と番号を振り、結果章と考察章で同じ番号を使って対応させる。番号がずれたまま提出すると、口頭試問でその点だけを突かれることになる。
仮説の数は卒論で1〜3本が現実的である。仮説の数だけ検定が増え、必要な標本サイズも大きくなる。必要人数の見積もりはサンプリング方法と標本サイズの決め方を参照してほしい。立てた仮説は、方法章の分析の節で検定手法と対応づけて記述する。その書き方は研究方法(方法章)の書き方にまとめてある。
支持されなかったときの扱い

仮説が支持されなかった卒論は不合格になるのか、という質問をよく受けるが、そうではない。評価されるのは仮説の当否ではなく、手続きの妥当性と解釈の誠実さである。
やってはいけないのは、結果を見てから仮説を書き換えることである。データを見た後に「実はこう予想していた」と仮説を差し替える行為は、検証の体裁だけを借りた後付けであり、研究不正の周辺に位置づけられる。支持されなかった仮説はそのまま残し、考察で理由を検討する。
また、支持されなかったことを「差がない」と断定するのも誤りである。検定で有意にならなかったことは、差がないことの証明ではない。この区別と書き方は有意差が出なかったときの書き方で詳しく扱われている。
審査で指摘される5つの失敗
| 指摘 | 原因 | 修正 |
|---|---|---|
| 「これは仮説ではない」 | 疑問文のまま、または価値判断になっている | 平叙文にし、変数二つと向きを入れる |
| 「何を測るのか分からない」 | 変数が概念のままで、測定方法が想像できない | 測定可能な指標に言い換える |
| 「仮説が多すぎる」 | 思いついた関係を全部並べている | 主要な1〜3本に絞り、残りは探索的分析として扱う |
| 「根拠が示されていない」 | 先行研究からの導出が書かれていない | 仮説の直前に「〜であることから」と導出の一文を置く |
| 「結果と仮説が対応していない」 | 仮説の番号と結果の提示順がずれている | 番号を揃え、結果章で仮説ごとに小見出しを立てる |
四番目は最も直しやすく、効果が大きい。「先行研究Xでは〜が示されている。本研究の対象でも同様の関係が成り立つと考えられることから、次の仮説を立てる」という一文を挟むだけで、仮説が理論的に支えられていることが読み手に伝わる。仮説に至るまでの背景の組み立ては研究背景の書き方、目的との接続は問題設定と研究目的の書き方を参照してほしい。
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よくある質問
仮説はいくつ立てればよいですか?
卒論では1〜3本が現実的です。仮説の数だけ検定が必要になり、多重比較の問題も生じます。思いついた関係をすべて仮説にするのではなく、研究目的に直接対応するものだけを仮説として立て、残りは探索的な分析として結果章で扱ってください。
帰無仮説は論文に書く必要がありますか?
多くの分野では、本文に書くのは対立仮説だけで足ります。帰無仮説は検定の前提として存在しますが、明示するのは方法章の分析の節で検定の設計を説明する場合に限られます。学科の慣行によっては両方を併記する場合もあるため、指導教員に確認してください。
質的研究でも仮説を立てるべきですか?
探索的な質的研究では、原則として立てません。先に答えを決めてしまうと、データから立ち上がってくる知見を見落とす危険があるためです。仮説の代わりに「着目する概念」や「想定される論点」を示し、分析の過程でそれが修正されうることを明記する形が一般的です。
仮説の方向が予測できないときはどうしますか?
先行研究の結論が割れている場合に限り、「関連がみられるだろう」という無方向の仮説が許容されます。その際は、なぜ方向を予測しないのかを一文で説明してください。理由を書かずに無方向にすると、検討が不十分だと受け取られます。
結果を見てから仮説を直してもよいですか?
直してはいけません。データを見た後に仮説を差し替えると、検証したように見えて実際には何も検証していないことになります。支持されなかった仮説は残したまま、なぜ支持されなかったのかを考察で検討してください。仮説が支持されないこと自体は評価を下げません。
仮説と研究目的の両方を書く必要がありますか?
量的研究では両方書くのが一般的です。研究目的は研究全体が何を明らかにするかを述べ、仮説はその中で検定される具体的な予測を述べます。目的は序論の末尾に、仮説は先行研究の検討を経た後、目的の直後または方法章の直前に置く構成が読みやすくなります。
まとめ
仮説は、変数二つと関係の向きが揃い、先行研究から導出できて初めて仮説になる。統計的検定を行うなら対立仮説と帰無仮説が対で存在するが、本文に書くのは対立仮説でよい。すべての研究に仮説が要るわけではなく、記述型や探索的な質的研究では立てないほうが正しい。そして最も大切なのは、結果を見た後に仮説を書き換えないことである。
