卒論の執筆環境は、数式がほとんど出ない分野ならWord、数式と参照が多い分野ならLaTeXが適している。
この判断で見落とされがちなのが、研究室の標準がどちらかという条件だ。数式が多くても研究室にLaTeXの知見がなければ、詰まったときに助けが得られない。逆に、テンプレートが配布されている研究室でWordを選ぶと、体裁を一から作る手間が発生する。
5つの軸でどう違うのか?
| 比較軸 | Word | LaTeX |
|---|---|---|
| 学習コスト | 低(既に使える) | 高(記法とエラー対処の習得が必要) |
| 数式 | 数式エディタ。長い式は組みにくい | ◎ 複雑な式も正確・美麗 |
| 図表の配置 | 手動配置。ずれやすい | 自動配置。位置は制御しにくい |
| 相互参照 | 機能はあるが更新忘れが起きる | ◎ 番号ずれが構造的に起きない |
| 参考文献 | 手動またはZotero連携 | ◎ BibTeX/BibLaTeXで自動整形 |
| 共同編集 | ◎ 変更履歴・コメントが標準 | Overleafなら可。差分はGit的 |
| 指導教員の赤入れ | ◎ コメント機能で直接返せる | PDFへの注釈が中心 |
| 提出形式への対応 | ◎ Word提出指定に直接対応 | PDF提出のみなら問題なし |
決定的なのは最後の2行だ。提出形式でWordファイルが指定されている場合、LaTeXは実質的に選べない。要項を先に確認してほしい。また、指導教員がWordのコメント機能で赤入れする運用なら、LaTeXでは指導のサイクルが遅くなる。

どんな分野でどちらを選ぶか?
LaTeXが優位な分野
- 数学・理論物理・情報科学の理論系——定理・証明環境と数式組版の質が段違いに高い。
- 統計・計量経済——推定結果の表を自動生成でき、数式と表の整合が取りやすい。
- 投稿先がLaTeXテンプレートを配布している場合——学会誌のクラスファイルをそのまま使える。

Wordが優位な分野
- 人文・社会科学——数式がほぼ出ず、引用と脚注が中心。共著者・指導教員との往復が多い。
- 看護・教育・心理の実践系——質問紙や資料を図として貼る作業が多く、レイアウト調整の直感性が効く。
- 実験系でも図表中心の分野——数式より写真・グラフの配置調整が主作業になる場合。
いずれの分野でも、迷ったら研究室の直近3年の卒論がどちらで書かれているかを確認するのが最短の判断になる。
LaTeXの学習コストは実際どのくらいか?
基本的な文書を組めるようになるまでは数日で足りる。問題はエラー対処だ。コンパイルエラーのメッセージは初学者に不親切で、原因が数十行前の記述にあることも珍しくない。日本語環境(upLaTeX、LuaLaTeX等)の設定でつまずくケースもある。
これを大きく緩和するのがOverleafのようなブラウザ上のLaTeX環境だ。ローカルへのインストールが不要で、コンパイル環境の構築で消耗せずに済む。共同編集にも対応するため、研究室で共有しやすい。
ただし、卒論提出まで3か月を切った段階から新規に始めるのは推奨しない。統計ソフトと同じで、締切直前の新規学習は本文執筆の時間を奪う。ツール選定の考え方は統計ソフト比較と同じ基準で判断できる。
Wordの弱点はどこまで補えるか?
Wordの弱点として挙げられる番号ずれ・書式崩れ・文献整形は、機能を正しく使えば大部分が解消する。
- 番号ずれ——[参考資料]→[図表番号の挿入]と相互参照を使えば自動採番される。手打ちが原因のことがほとんどだ。
- 目次のページずれ——見出しスタイルを使い、最後に目次を更新する。手順はWordで目次を自動作成する手順にある。
- 書式崩れ——ページ設定を執筆前に確定させる。Wordで卒論の書式を整える手順の7ステップで潰せる。
- 文献整形——Zoteroのプラグインを入れれば、Word上で挿入・自動整形できる。設定はZoteroで文献を集めて自動整形する手順を参照。
つまり「Wordは論文に向かない」という評価の多くは、機能を使わずに手作業で書いた場合の話だ。図表の作成そのものは論文の図表の作り方で扱っている。
途中で乗り換えられるか?
技術的には可能だが、推奨しない。Word→LaTeXの変換では数式と表が壊れ、手作業での修復に数日かかる。LaTeX→Wordはさらに困難だ。
やむを得ず乗り換える場合は、本文がまだ短い序盤に限る。半分以上書いた段階での乗り換えは、残り時間を確実に食い潰す。どちらで書いても、最終的な提出物はPDFになることが多い。変換と検品の手順は論文PDFの作り方と提出前チェックにまとめている。
結論
- 提出形式にWordファイル指定がある → Word(選択の余地なし)
- 研究室にLaTeXテンプレートがある理工系 → LaTeX
- 数式がほぼ出ない人文・社会系 → Word
- 数式が多いが提出まで3か月未満 → Word(学習コストを避ける)
- 大学院進学予定で理論系 → LaTeX(早めに投資する価値あり)
よくある質問
Google ドキュメントは選択肢になりますか?
共同編集は快適ですが、図表番号の自動採番や目次の細かい制御でWordに劣ります。下書きをGoogleドキュメントで書き、仕上げをWordで行う使い分けは現実的です。
Markdownで書いてから変換するのはどうですか?
Pandocを使えばWordにもPDFにも変換できます。執筆に集中しやすい一方、図表の細かい配置調整には結局どちらかのツールが必要です。中間形式として使うなら有効です。
LaTeXは数式が無くても使う価値がありますか?
参考文献の自動整形と相互参照の堅牢さは、数式が無くても価値があります。ただしその2点はWordでも機能を使えば実現できるため、学習コストに見合うかは分野次第です。
指導教員がLaTeXを読めない場合はどうしますか?
PDFで渡し、注釈機能でコメントをもらう運用にします。ただし修正のたびにPDF書き出しが必要なため、往復の回数が多い指導スタイルではWordのほうが摩擦が少なくなります。
どちらで書いたかは評価に影響しますか?
しません。評価対象は内容と体裁の適切さです。ただし体裁が要項どおりに整っているかは評価に含まれるため、指定を満たせる環境を選んでください。
ツールより先に中身を固める
執筆環境の選定に時間をかけすぎると、本文が進まない。TesifyのAI学術エディターで章立てと本文の骨格を先に固めておけば、WordでもLaTeXでも移し替えは短時間で済む。環境の議論は、書く内容が決まってからでよい。
